企業において、人材は生産力や事業活動につながる貴重な資産です。そして、人材のもつ能力を資本と捉えた「人的資本」は、2020年8月に米国証券取引委員会が上場企業に対し情報開示を義務付けたことで、日本でも企業に対し情報開示が要求されるケースは増える見込みです。経営者や人事担当者は人的資本が指す意味や開示すべき内容を理解した上で、自社における状況を報告する必要があります。
この記事では、人的資本の基礎知識から、強化するためのポイントまで解説します。
人的資本とは?
経営資本のひとつである人的資本について、定義や考え方を説明します。
人的資本とは?
企業の資本に「ヒト」「モノ」「カネ」がありますが、人的資本は、「ヒト」のもつスキルや能力などの価値を資本と捉えた言葉です。企業は人的資本を最大限に引き出すことで中長期的な企業価値の向上が見込めるため、自社の状態を把握し、採用や育成への投資を検討するとよいでしょう。
国際標準化推進機構(ISO)は、2018年12月、社内外への人事・組織に関する情報開示の国際標準ガイドライン「ISO 30414」を創設し、企業だけでなく投資家においても、企業の持続的な成長を見据えた基準として着目しています。
資本と資源の対比から見る人的資本
人的資本とは別に「人的資源」という言葉がありますが、意味が異なります。一般的に「資本」とは、初期投資に対して長期間でそれ以上の収益を上げ、価値を増幅させる対象を表します。一方「資源」は、森林資源や食糧資源などのように、消費して価値を減損させる対象です。つまり、コストである人的資源に対し、人的資本は先行投資よりもリターンが大きいという違いがあります。
人的資本が注目される理由
人的資本はもともと企業経営において重要とされていましたが、経済活動の高度化とともに、近年さらに注目度を増しています。現代に至るまでの経緯を振り返ることで、より必要性を実感できるでしょう。
製造主体から知的労働主体へ経済活動がシフト
人的資本への注目度の高まりは、現在の第四次産業革命に至るまでの間、知的労働主体のサービス業が増えたことに関係します。従業員個々の能力やスキルだけでなく、築かれたカルチャーや培われたノウハウなども、企業成果に大きく反映されるようになりました。さらに、少子高齢化やキャリアに対する意識の変化なども後押しとなり、人的資本は今後ますますビジネスにおいて影響が大きくなると想定されます。
グローバル化、ダイバーシティ化
1980年代からは、画一的な人材から多様な人材に社会全体が目を向けるようになりました。日本企業のグローバル化が進み、人種や価値観の違いを受け入れる姿勢に変わったことや、多様なバックグラウンドをもつ人材登用が推進されたことなどが、人的資本の考え方につながっています。
少子高齢化
出生率低下により、働き盛りの生産年齢人口が減少しているため、高齢者の雇用機会を増やす施策が進んでいます。人生でより長く働ける時代になれば、新たなスキル習得や学び直しの機会を得られ、企業成果に結びつきます。
ESG投資への注目
投資家の中で、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)からなるESG投資への期待が大きくなっています。将来に向け、持続可能な社会や環境に配慮し、統制を取ることが大きな企業価値になり、人的資本の状態を把握することもその一環です。
政府・委員会による人的資本の情報開示義務化
ESG投資へ着目する投資家が増加したことを受け、米国証券取引委員会は2020年8月、上場企業を対象に人的資本の開示を義務化しました。開示は人的資本の定性だけでなく定量も含まれます。また、国際標準化機構が定めた国際規格ISO30414では、「ダイバーシティ」「組織風土」「生産性」といった11の領域と、領域にひもづく関連項目が合計49個あり、上場企業だけでなく中小企業を含めたあらゆる企業規模に適用できるものとしています。
日本政府では、AIなど技術の発達により、今後、人的資本への積極的な投資を専門知識やクリエイティブスキルをもつ人材の雇用に活用し、経済成長を加速させる狙いがあります。
企業の人的資本を高めるには?
2020年9月に経済産業省が発行したレポート「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書」の中で、企業が人的資本を高めるために意識すべき視点や、取り入れるべき要素について説明されています。人的資本の状況把握や人材戦略の検討において、事前に認知しておくと効果的です。
3つの視点
レポートでは「3P=3つの視点(Perspectives)」として、「経営戦略と人材戦略の連動」「As is – To beギャップの定量把握」「企業文化への定着」の3つが挙げられ、人材戦略を軸に、経営戦略や企業文化との関連付けが重要であると述べています。
経営戦略と人材戦略の連動
人材戦略を立てる上で、全体構想となる経営戦略を固めることが重要です。目先の課題に注力した採用や突発的な人材配置にならないよう、まずは企業のビジョンを基に戦略を確立し、人材戦略に落とし込みます。
自社に必要な人材は、変動する事業にのっとったスキルやマインドをもつ人材と、企業の土台を支える共通人材の大きく2種類あり、経営戦略を念頭に置きつつ、両者の充足すべき比率を決めたうえで人材ポートフォリオに生かすとよいでしょう。特に新規事業を展開する際は、経営戦略を練る段階で必要な人材像を明確化すると、効率的な人材活用につながります。
As is – To beギャップの定量把握
「As is」は現状、「To be」は理想を表し、目標値と実態を数値で把握してギャップを認識し、採用や定着率向上など方針を決めていきます。例えば、人材不足を軽減するために積極採用しても、退職率が高くては人材が育たず、企業力が安定しません。数値で人材流動を可視化し、育成や離職防止を含めた人材戦略が必要です。
また、定量的に人的資本を示し、透明性の高い情報を公開することは、ステークホルダーなど体外的にも投資対効果を把握でき、信頼を得やすくなります。
企業文化への定着
人材のもつ能力やスキルをパフォーマンスに生かせるかは、企業文化とフィットしているかが大きく関わってきます。過去の経歴や活躍ぶりから大きな期待を寄せても、企業文化とアンマッチであれば成果を発揮しづらくなり、採用コストや育成コストばかりかかってしまいます。選考では、専門知識や技術力以外にも、自社の一員として適性があるかの見極めが大切です。また、人事や各部署においても、自社カルチャーを共通認識としてもつことで、効果的な配置や抜擢(ばってき)につながるでしょう。
5つの共通要素
続いて、業種業態にかかわらず、人材戦略の上で重要な「5F=5つの共通要素(Common Factors)」について解説します。
動的な人材ポートフォリオ
人材ポートフォリオとは、事業活動に必要な人材をタイプ別に分類し、保有する人材を割り当て、過不足を分析したものです。動的に管理することが重要で、環境の変化や経営戦略の変化に伴い人材ポートフォリオを最適化し、採用や配置、育成に生かしていきます。ビジネススピードが速い昨今では、人材ポートフォリオをリアルタイムに捉えることが課題解決において重要です。
知・経験のダイバーシティ&インクルージョン
企業が国内や海外で競争力を高めるためには、性別や年齢、国籍や価値観、経験や感性など、多様なバックグラウンドをもつ人材を受入れ、個々の特性を生かせる状態を築くと有効です。多様性を尊重することは、ESGの観点からも中長期的成長に欠かせない要素であり、異なるスキルを持った人材同士が個性を発揮することは、他社と差別化したイノベーション創出につながります。
企業として確実に推進するためには、キャリア採用率や育成施策などKPIの設定が効果的です。
リスキル・学び直し
事業環境の変化に合わせ、自社の人材に必要なスキルも変化します。例えば、若い世代がITリテラシーを備えていても年配の従業員は習得状況に個人差があったり、クリエイティブスキルを保有する従業員が特定職種に限っていたりと、バラつきがあるでしょう。
企業は時代とともに必須スキルをアップデートし、ステップアップできる機会や制度を準備する必要があります。そして、経営層などトップが率先して学び直しに取り組むことで、さまざまな組織や年齢層の従業員の成長意欲をかき立てるでしょう。
従業員エンゲージメント
従業員が本来もつ力を発揮し、事業成長に寄与するためには、働きやすい職場環境を整え、企業が目指す方針やビジネスモデルを十分に浸透させることが大切です。従業員と企業でベクトルの向きがズレてしまうと、成果につながりにくくなり、エンゲージメント低下のリスクが発生するため、定期的なすり合わせを設けるとよいでしょう。人材流動が進む中で、企業に帰属意識を持ち、熱意を持って従事する人材を確保する手段として、柔軟で選択可能なキャリアパスを用意することも重要です。
時間と場所にとらわれない働き方
コロナ禍で急速にテレワークが進みましたが、状況に応じて自宅やオフィス以外で働く習慣は、災害時など有事の際も事業継続ができるようになり、企業生命に関わる大きな進化です。同時に、業務プロセスの見直しやコミュニケーション方法の再検討など、人材マネジメントの在り方について、向き合うべき課題も出ています。時代の流れに即したマネジメント方法へシフトできるように、管理職の育成やフォローにも目を向けなくてはなりません。
社員の状態の可視化に役立つツール ラフールサーベイ
「ラフールサーベイ」は、社員の心身の健康状態やエンゲージメントを可視化することのできるツールです。従来の社内アンケートなどでは見えにくい状態を可視化することで、社員が安心して働ける環境づくりのお手伝いをします。
社員が安心して働ける環境づくりは、企業の成長・拡大のための土台となります。まずは、社員一人一人にとって居心地の良い職場を整え、人材の定着と組織改善に繋げましょう。
ラフールネス指数による可視化
組織と個人の”健康度合い”から算出した独自のラフールネス指数を用いて、これまで数値として表せなかった企業の”健康度合い”を可視化できます。また、他社比較や時系列比較が可能であるため、全体における企業の位置や変化を把握することも可能。独自の指数によって”健康度合い”を見える化することで、効率良く目指すべき姿を捉えることができるでしょう。
直感的に課題がわかる分析結果
分析結果はグラフや数値で確認できます。データは部署や男女別に表示できるため、細分化された項目とのクロス分析も可能。一目でリスクを把握できることから、課題を特定する手間も省けるでしょう。
課題解決の一助となる自動対策リコメンド
分析結果はグラフや数値だけでなく、対策案としてフィードバックコメントが表示されます。良い点や悪い点を抽出した対策コメントは、見えてきた課題を特定する手助けになるでしょう。
154項目の質問項目で多角的に調査
従業員が答える質問項目は全部で154項目。厚生労働省が推奨する57項目に加え、独自に約87項目のアンケートを盛り込んでいます。独自の項目は18万人以上のメンタルヘルスデータをベースに専門家の知見を取り入れているため、多角的な調査結果を生み出します。そのため従来のストレスチェックでは見つけられなかったリスクや課題の抽出に寄与します。
まとめ
人的資本の開示が企業に求められる背景には、将来的な事業持続性や競争力維持に、人材のもつ能力やスキルが重要だという考え方があります。さまざまな考え方や価値観の違いは組織を乱すものではなく、新たな風を起こし、企業成長の可能性を広げるでしょう。
今後事業拡張を検討している企業や、グローバル化を推進する企業など変革期にある企業は特に、自社の経営戦略にのっとった人材のスキルセットや必要人数を決め、計画的な補充と育成を進めていく必要があります。
人的資本の開示に伴い、自社の状況把握や戦略と人材バランスを分析し、中長期的な基盤作りに取り組むことは、経営力を強化し、新たなビジネスチャンスを生み出すでしょう。