近年、ビジネス環境の変化に伴い、「社員が定着しない」「メンバーの主体性が育たない」といった課題を抱える組織が増えています。そこで今、注目されているのがピープルマネジメントです。 本記事では、ピープルマネジメントの定義や従来型との決定的な違い、導入のメリットから具体的な実践ステップまでを徹底解説します。組織のエンゲージメントを高め、持続的な成長を目指すためのヒントとしてお役立てください。
ピープルマネジメントとは
定義
ピープルマネジメントとは、従業員一人ひとりの成功や成長にコミットし、個々の可能性を引き出すことで、組織全体の成果の最大化を目指すマネジメント手法です。
従来の目標や成果を中心に据えたマネジメント手法とは異なり、従業員個人と向き合うことが主要な特徴です。単なる業務成果の管理にとどまらず、中長期的なキャリア形成、モチベーションの源泉、柔軟なワークスタイルなど、多面的な観点から包括的な支援を行う点が最大の特徴です。
理論
ピープルマネジメントの鍵となる理論として、ドイツの心理学者クルト・レヴィンが提唱した法則があります。
B = f(P・E)
:行動(Behavior)は、個人的要因(Person)と環境要因(Environment)の関数である
これはクルト・レヴィンの法則(場の理論)と呼ばれるものです。
この法則は、従業員の行動が、その人の価値観や特性といった個人的要素と、組織の風土や人間関係といった環境的要素の相互作用によって決まることを意味しています。
例えば、「会議で部下が発言しない」という状況を考えてみましょう。部下の行動の原因は、「主体性がないという性格(P)」だけではなく、「過去に意見を否定された経験や、発言しても評価されない職場風土(E)」の影響も受けています。上司が部下の性格を変えることは難しくても、発言しやすい職場環境を整えることによって、部下の行動変容が期待できます。これが、クルト・レヴィンの法則です。

ピープルマネジメントと従来型マネジメントとの違い
従来型マネジメントもピープルマネジメントも、「組織の成果を最大化する」という最終的な目標は同じです。しかし、その過程で重視する点やマネージャーの在り方は異なっています。
具体的には、従来型が「人を管理・評価する」アプローチであるのに対し、ピープルマネジメントは「従業員個人に向き合うことで、一人一人の可能性を引き出し、従業員の自主性を高める」アプローチです。
| ピープルマネジメント | 従来型マネジメント | |
| マネージャーの役割 | 伴走者・コーチ | 管理者・監督者 |
| 重視する点 | エンゲージメントや モチベーションの向上 | 配置換えや育成による パフォーマンス向上 |
| スタイル | 伴走型(支援・育成) | トップダウン型(指示・命令) |
| 評価頻度 | 隔週~月1回 | 半年~年1回 |
| コミュニケーション | 双方向 | トップダウン |
ピープルマネジメントが注目される背景
なぜ今、ピープルマネジメントがこれほど重要視されているのでしょうか。主な4つの背景を解説します。
VUCA・市場変化
現代はVUCA(Volatility:変動性、Uncertainty:不確実性、Complexity:複雑性、Ambiguity:曖昧性)と呼ばれる、不確実性が高く将来予測が困難な時代です。したがって、従来の上からの指示を待つだけのスタイルでは変化の波に乗り遅れてしまいます。そこで重要になるのがピープルマネジメントです。メンバーの「自ら考え、創り出す力」を育むことで、予測不能な状況でもしなやかに対応できる強いチームを作ります。
働き方・価値観の多様化
リモートワークの普及や副業の解禁など、働き方は多様化しています。「給与が高ければ良い」「出世がすべて」という画一的な価値観は崩れ、「働きがい」や「ワークライフバランス」を重視する層が増えています。個々の価値観に寄り添うマネジメントなしでは、人材を繋ぎ止めることができないでしょう。
雇用流動性の高まり
終身雇用制度が崩壊しつつある現代において、副業や転職は珍しいことではなくなっています。優秀な人材は、より良い待遇やキャリアアップの機会を求めて転職するため、企業側は激化する人材獲得競争の中で、いかに彼らを惹きつけ、繋ぎ止めるかという難題に直面しています。
IT技術の進化
AIやロボット技術などテクノロジーの進化により、今まで人が担っていた作業が自動化され、求められる役割も変化しています。人間に求められるのは「創造性」「共感力」「複雑な課題解決」などです。これらは強制されて発揮できるものではなく、心理的に満たされた状態で初めて発揮される能力です。また自発的に新しいスキルを学ぶ従業員を育成するためにも、ピープルマネジメントが重要です。
人的資本経営の実現
人的資本経営とは、人材という資本の価値の最大化を目指して、企業価値の向上に繋げる経営に対する考え方です。ピープルマネジメントは、人的資本経営を実現するための重要な手段となります。
ピープルマネジメントのメリット
自律性・主体性の向上
細かなフィードバックでメンバー一人ひとりが自分の役割を理解し、自ら考え行動する効果が期待できます。従来のマネジメントのように上司からの指示を受け身で待つのではなく、主体的に動けるようになります。その結果、メンバーは細かく指示されなくても、自ら考え行動するようになります。
モチベーションとエンゲージメント向上
自分の意見や考えを尊重し、成長を支援してくれる環境で働くことで、従業員の仕事へのモチベーションが向上します。また「大切にされている」「理解されている」という実感は、組織への愛着心(エンゲージメント)を高めます。
生産性向上
研修制度やOJT、キャリア面談などを通じて、従業員は自身のスキルアップやキャリア形成を実現できます。そして一人ひとりが強みを活かし、心理的に良好な状態で働くことで、結果として組織全体の生産性も最大化することができます。
また、生産性を成長させるうえで重要なものがイノベーションです。ピープルマネジメントによって多様な意見やアイデアが尊重される環境は、イノベーションを生み出す土壌となります。
離職率低下・定着率向上
人間関係や評価への不満は退職の主要因です。良質なコミュニケーションとキャリア支援は、優秀な人材のリテンション(定着)に直結します。またハイパフォーマー(優秀層)の流出を防ぐためには、単なる待遇改善だけでなく、各個人がエンゲージメント高く働ける環境を構築し、組織への帰属意識を高めることが重要です。
人的資本経営の実現
ピープルマネジメントは、人的資本経営の実現において有効な手段です。経済産業省によれば、「人的資本経営とは、人材を『資本』として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営」を意味します。個人と向き合い、一人ひとりの可能性を引き出そうとするピープルマネジメントはまさに、人的資本経営の核となる考え方を基本としたマネジメント方法です。
引用:経済産業省「人的資本経営 ~人材の価値を最大限に引き出す~」
ピープルマネジメントの実践ステップ

ここでは、ピープルマネジメントを実践していくためのステップを、具体的なアプローチや役立つツールと合わせてご紹介します。
Step1:マネジメントの「量」を増やす
従来型の管理手法と比較して、ピープルマネジメントにおいては、メンバーとの対話頻度を高め、相互理解を深めるプロセスがより一層重要視されます。週次や隔週での短いミーティングを設定し、単純接触効果(繰り返し接すると好意的な印象が高まるという効果)を高め、話しやすい関係性を作ります。
- 1on1ミーティングの定期実施
相互理解を深め、信頼関係を構築するために、業務の進捗だけでなく、キャリアプランや仕事へのモチベーション、個人的な悩みなども共有します。隔週~月1回程の頻度で行うのが良いでしょう。
- マネージャー研修・コーチング研修
ピープルマネジメントはスキルです。傾聴、承認、質問力などのコーチングスキルを学ぶ研修をマネージャー層に提供します。
- ピープルマネージャーのアサイン
管理職の負担を軽減するために、シニアメンバーやプロジェクトリーダーなど、他のピープルマネージャーをアサインして1on1ミーティングを行う方法も有効です。
Step2:マネジメントの「質」を高める
頻度が確保できたら、フィードバックの質を高めます。単なる進捗確認ではなく、行動に対する称賛や、改善に向けた建設的なフィードバックを仕組み化します。
① 目標設定の質を高める
まずは目標設定の質を高めましょう。ここで役立つフレームワークをご紹介します。
- SMART:明確で測定可能な目標設定を行うためのフレームワークです。
Specific(明確)
Measurable(測定可能)
Achievable(達成可能)
Relevant(関連性)
Time-bound(期限設定)
- HARDゴール:高い挑戦を意識した目標設定をするためのフレームワークです。
Heartfelt(心に訴えかける)
Animated(情熱を持って取り組める)
Required(必須である)
Difficult(困難である)
- OKR:大きな目標に対して、達成すべき成果を明確に定義するためのフレームワークです。
Objectives(目標)
Key Results(主要な成果)
メンバー自らが目標策定に関与することは、業務に対する当事者意識を醸成し、モチベーションの向上に直結します。
② フィードバックの質を高める
次に、フィードバックの質を向上させましょう。効果的なフィードバックポイントは、次の通りです。
- タイムリーに行う
- 具体的かつ建設的な改善方法を示す
- 心理的安全を確保する
またフィードバックの場では、SBIフレームワークが役立ちます。
S(Situation): 客観的な状況(どのような状況で)
B(Behaviour): 客観的な行為(どのような行動があったのか)
I(Impact): 結果的な影響(その行動がどのような影響を与えたのか)
③ 1on1の質を高める
質の高い1on1を行うためのポイントは次の通りです。
- 部下が話したいテーマを中心にする
- 部下と一緒に解決策を考える姿勢を示す
- コーチング(気づきを促す)・ティーチング(知識を教える)・フィードバック(事実を伝える)を組み合わせる
Step3:成長支援
従業員一人ひとりの強み、弱み、価値観、キャリア志向などを深く理解し、それぞれに合った育成・支援を行います。
Step4:モチベーションの維持・向上
一人ひとりの「個性」や「大切にしていること」に寄り添い、それぞれに合った目標を与えることが、意欲を保つ土台となります。さらに、日々の努力に対して「ありがとう」「助かった」と言葉にして伝えることが、次のステップへ進むための強力なエネルギーになります。
Step5:個人から組織へ
個人の成長を組織の成果へつなげます。目標設定の精度を高め、成長がそのまま業績貢献になるようなサイクルを回します。このとき、改めてコミュニケーションを促進することも重要です。良好な人間関係の構築にもつながり、業務関連でのコミュニケーションの円滑化や生産性の向上などのメリットも得られます。
ピープルマネジメントの成功事例
株式会社ファーストリテイリング
ユニクロやGUなどのアパレルブランドを傘下にもつファーストリテイリングは、 「グローバルワン・全員経営」という考え方を掲げています。従業員全員が判断力・思考力・実行力を身に付け、経営視点を持ってビジネスを実行できるよう、財務会計やITリテラシーなどを学べる研修を提供しています。こうした学びの環境が従業員の主体的なスキルアップを促し、個々の成長と組織の成果向上を両立させています。
アドビ株式会社
従来の評価方法を見直し、人事評価の基準に継続的な対話を設定する「Check-in」と呼ばれる評価方法を導入しています。これは、マネージャーとメンバーが1年を通して継続的に対話を行い、この対話を基にマネージャーがメンバーの昇給を決定するという仕組みです。密なコミュニケーションと双方向のフィードバックを基本として実施されるCheck-in導入は、エンゲージメントの向上に貢献しました。
富士通株式会社
個人のパーパスを言語化するための対話プログラム「Purpose Carving」や評価制度「Connect」を導入し、人事制度改革を実施。個を生かすピープルマネジメントを推進しています。従業員一人ひとりの価値観やキャリア志向に合わせたマネジメントを実現し、エンゲージメントの向上に成功しています。
ピープルマネジメントを成功させる3つのポイント
① 短期的な成果を求めない
人の成長や意識変革には時間がかかります。ピープルマネジメントは長期的な効果を狙った取り組みであり、短期的な組織の目標達成や業績への効果が見えづらい点があります。ピープルマネジメントを実践するうえでは、長期的な視点を持ち、時間をかけて組織全体に浸透させるよう努めることが重要です。
② 数字に表れない要素も評価対象とする
組織のパフォーマンスを最大化するためには、エンゲージメントなどの「見えない資産」へのアプローチが欠かせません。定量・定性の両軸を組み合わせた多面的な評価こそが、人材育成と業績向上の好循環を生み出す鍵となります。
③マネージャーの業務肥大化を防ぐ
一人ひとりのメンバーに深く向き合うことは重要ですが、それは同時にマネージャーにとって大きなプレッシャーや負担にもなり得ます。だからこそ、会社として他の業務量を調整し、ピープルマネジメントを評価の軸に据えることが大切です。また、精神論だけでなく、効率よくマネジメントするためのスキル研修やサポートもセットで提供していくべきです。
④ コミュニケーション促進ツールを活用する
より高いレベルでのコミュニケーションを実現するために、以下のようなツールを活用することが有効です。
- 1on1支援ツール:AIによる対話内容の解析や面談内容の自動記録
- 従業員満足度調査ツール:エンゲージメントやモチベーション、職場環境への満足度を把握
- 目標管理ツール:OKRなどのフレームワークを効率的に運用
- タレントマネジメントシステム:人材データを統合的に管理
まとめ
ピープルマネジメントは、終身雇用が崩れつつあり、価値観や働き方が多様化する現代において、従業員一人ひとりの個性や可能性に焦点を当てるマネジメント手法です。
心理的安全性を確保し、長期的な視点でと定期的な1on1の実施と質の高いフィードバック、適切な目標設定と継続的なフォローなど、具体的な施策を着実に実行しながら、組織全体でピープルマネジメントの文化を醸成していくことが、持続的な成長を実現する鍵となります。
心理的安全性を十分に確保し、長期的視点をもったうえでピープルマネジメントの実践に取り組みましょう。

