人的資本経営の開示義務とは?7分野19項目の開示例も合わせて解説

企業の持続的な成長やESG経営の実現に向けて、「人的資本経営」が注目されています。とりわけ、その取り組みをどのように「見える化」し、外部に説明していくかが問われるようになっています。 本記事では、人的資本経営の概要に触れながら、経済産業省の「人的資本可視化指針」で示された7分野19項目の内容や、開示事例について詳しく解説します。

人的資本経営とは?

人的資本経営とは、従来のように人材を「資源」や「コスト」として捉えるのではなく、人材を「資本」や「投資」と捉え、人の価値を最大限に引き出す、新たな経営のあり方です。人材の価値を伸び縮みするものと理解し、人材をただ管理・消費するのではなく、「資本」と捉えて投資を行う点がポイントです。こうした人材戦略により、企業の中長期的な価値向上が見込まれます。

日本のビジネス界や経営者の間で人的資本経営が注目されている理由として、欧米諸国の経営手法が関係しています。アメリカでは2020年8月に、米国証券取引委員会(SEC)によって、人的資本の情報開示が義務付けられており、すでに多くの欧米の上場企業では、経営戦略と人材戦略を連動したビジネスモデルが使用されています。

日本では経済産業省が、持続的な企業価値の向上をめざす「人的資本経営の実現に向けた検討会」を設置しました。2022年には人的資本経営を進めるための有効なアイデア・視点をまとめた「人材版伊藤レポート2.0」を公表し、一気に注目が集まりました。

企業の人材に対する関心がますます高まり、人的資本の情報開示など、「人」そのものを重視する経営スタイルは、特にこれからの時代に適合した取り組みであると言えます。

日本における人的資本の情報開示の義務化

近年、企業経営における「サステナビリティ」や「人的資本」の重要性が高まる中で、投資家や社会からの情報開示への期待が強まってきました。こうした潮流を受け、日本においても企業の情報開示制度が見直され、金融庁による制度的な対応が進められています。

2023年1月31日には、「企業内容等の開示に関する内閣府令」等が改正され、有価証券報告書に「サステナビリティに関する考え方および取組」を記載する項目が新たに設けられました。

さらに、同報告書内の「従業員の状況」に関する記載についても、女性の管理職比率、男性の育児休業取得率、男女間の賃金格差といった「多様性」に関する数値情報の開示が義務付けられるようになりました。

これらの新たな開示義務は、2023年3月期以降に決算を迎える企業から適用されており、上場企業における人的資本経営の具体的実践を後押しする動きとして注目されています。

参照元:金融庁| サステナビリティ情報の開示に関する特集ページ

社風へのマッチ度で採用候補者の定着率・活躍度がわかる適性検査『テキカク』まずは資料ダウンロード

なぜ人的資本経営の開示が求められているのか

この数年で人的資本経営への関心の高まりとともに、その取り組みに関する情報開示も求められるようになりました。その背景には、投資家をはじめ企業を取り巻くステークホルダー(利害関係者)からの期待や、無形資産を重要視する傾向、複雑化するビジネス環境が影響しています。企業の価値創造において、人材の重要性は高まり、投資家にとっても企業の情報開示は重要な判断指標となっています。

「無形資産」への高まる期待

産業構造が変化する中で、企業の競争力は実物的な生産設備などの「有形資産」から研究開発や人材などの「無形資産」へと大きくシフトしました。人材版伊藤レポートによれば、米国では1990年代後半から、企業価値に占める無形資産の割合が増加し、有形資産を上回るまでになりました。

参照元:経済産業省| 持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書~人材版伊藤レポート~

これに対し、日本企業は長年、有形資産に重きを置いてきました。その結果、人的資本への投資や戦略的な活用が遅れ、国際競争力の低下を招いたといわれています。こうした状況を打開するためにも、人的資本に関する情報を積極的に開示し、経営の中核として再評価する必要があるのです。

ESG投資やSDGsへの関心

人的資本経営の開示が求められるようになった背景として、ESGとSDGsが並んで挙げられます。

ESG投資とは、「環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance:企業統治)」に配慮した企業へ投資することで、売上高や利益といった財務的なメリットだけではなく、地球環境や企業の持続可能性にも貢献するといった点があります。

ESGの中でも、特に S(ソーシャル)は、労働環境の整備、多様性の尊重、人材育成の方針など、人的資本と密接に関係しています。投資家はもはや財務指標だけでは企業の持続的成長性を判断せず、「人をどう育て、活かしているか」にも注目するようになりました。人的資本経営に取り組み、適切に情報開示することで、企業価値の向上に繋がることが期待できます。

SDGsとは、「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals)」。地球、企業、経営、人材において持続可能で、より豊かな未来を実現していこうという、国連サミットで採択された、2016年から2030年までの世界共通で必要な17の目標です。

ESG投資やSDGsの考え方が市場に浸透してきたことで、人的資本経営が注目されるようになりました。それに伴い投資家から人的資本情報開示の要請が高まったことで、企業は人的資本経営に取り組み、人的資本情報の積極的な開示をすることが求められています。

欧米からの影響

欧米諸国では、日本に先行して人的資本に関する情報開示の取り組みが進められてきました。

国際標準化機構(ISO)は2018年、人的資本に関する情報開示のガイドラインとしてISO30414を策定しました。これは人的資本の情報開示に関する、世界初の体系的なガイドラインに当たります。このガイドラインでは、「コンプライアンスと倫理」「コスト」「ダイバーシティ」など、11の人的資本の領域と指標を定めています。

アメリカでは、2020年に米国証券取引委員会(SEC)が、証券取引所における上場企業に対して、人的資本に関する情報開示を義務化しました。

日本の取り組み

欧米諸国に比べて日本は遅れを取っていましたが、徐々に人的資本情報の開示に向けて動きが生まれています。

人材版伊藤レポート

「人材版伊藤レポート」とは、2020年9月に経済産業省が発表した報告書「持続的な企業価値向上と人的資本に関する研究会」によるものです。

人材版伊藤レポートには、経営陣・取締役・投資家の3つの視点から求められるアクションの重要性が説かれています。また、人材戦略に求められる3つの視点と5つの共通要素が記載されています。

人材版伊藤レポート2.0の発表

「人材版伊藤レポート」は、多くの企業に人的資本経営への意識変革を促しました。その後、企業の関心はさらに高まり、より実践的な取り組みへの要請が高まったことから、2022年5月、経済産業省は「人的資本経営の実現に向けた検討会」の報告書兼実践事例集として、通称「人材版伊藤レポート2.0」を公表しました。

こちらでは、前回の提言を土台にしながらも、人的資本経営をいかに現場で具体化し、実践するかという視点が重視されています。

また、レポートには企業の取り組み事例も多数紹介されており、単なる理念提示にとどまらず、実務者が自社に応じた施策を検討するうえでのヒントが散りばめられています。

人的資本の開示事項7分野19項目と開示例

人的資本の開示事項7分野19項目と開示例

2022年2月、政府は内閣府に「非財務情報可視化研究会」を設置しました。

同研究会は、日本企業における人的資本の可視化に向けて、「人的資本可視化指針」を発表しています。その中で例として紹介されているものが、以下に挙げる人的資本の開示事項7分野19項目です。

育成

この分野には、「リーダーシップ」「育成」「スキル/経験」の3つの項目が設定されています。

開示事項例(一部)

  • 研修時間(従業員一人当たりの研修時間など)
  • 研修費用(人材開発及び研修にかかる全てのコストなど)
  • パフォーマンスとキャリア開発につき定期的なレビューを受けている社員の割合(従業員のカテゴリーごとに、定期的なパフォーマンスとキャリア開発のレビューに参加した自社の労働者の割合など)

従業員エンゲージメント

開示事項例

  • 従業員エンゲージメント(エンゲージメント、従業員満足度、コミットメントなど)

流動性

この分野には、「採用」「維持」「サクセッション」の3つの項目が設定されています。

開示事項例(一部)

  • 離職率
  • 定着率
  • 新規雇用の総数と比率、離職の総数
  • 採用・離職コスト(一人当たりの採用コストなど)

ダイバーシティ 

この分野には、「ダイバーシティ」「非差別」「育児休暇」の3つの項目が設定されています。

開示事項例(一部)

  • 属性別の社員・経営層の比率(従業員の多様性(年齢、性別、障がい、その他)など)
  • 男女間の給与の差
  • 正社員・非正規社員等の福利厚生の差
  • 育児休暇等の後の復職率・定着率

健康・安全

この分野には、「精神的健康」「身体的健康」「安全」の3つの項目が設定されています。

開示事項例(一部)

  • 労働災害の種類、発生件数・割合、死亡数等
  • 安全衛生マネジメントシステム等の導入の有無、対象となる社員に関する説明
  • (労働災害関連の)死亡率

労働慣行

この分野には、「労働慣行」「児童労働/強制労働」「賃金の公正性」「福利厚生」「組合との関係」の5つの項目が設定されています。

開示事項例(一部)

  • 児童労働・強制労働に関する説明
  • 平均時給、最低賃金
  • 団体交渉協定の対象となる社員の割合

コンプライアンス/倫理

開示事項例(一部)

  • 深刻な人権問題の件数
  • 差別事例の件数・対応措置
  • コンプライアンスや人権等の研修を受けた社員割合

引用元:内閣官房| 非財務情報可視化研究会(第6回)配布資料

人的資本開示に取り組む企業事例

記述情報の開示の好事例集(金融庁 2021年12月)に開示例が掲載されています。

「サステナビリティ情報」のうち「経営・人的資本・多様性等」の開示例をいくつかピックアップします。

オムロン株式会社

オムロン株式会社では、「人財アトラクションと育成」「ダイバーシティ&インクルージョン」と独自の目標と指標を掲げています。ダイバーシティでの取り組みは、女性管理職比率や障がい者雇用比率の目標を掲げ、女性若手社員のキャリア開発を行っています。

社員の声を聞くためには、社員向けエンゲージメントサーベイを実施し、PDCAを回して社員の企業文化の定着に取り組んでいます。第三者評価も取り入れ、有価証券報告書に明記しています。

双日株式会社

双日株式会社では、「ジョブ型新会社」「独立・起業支援制度」「双日アルムナイ」の取り組みを掲げ、社員の独立・起業・副業などの個人の多様なキャリアパス・柔軟な働き方を支援し、企業文化の変革を目指しています。積極的な女性活躍推進により、なでしこ銘柄に5年連続で選定されています。「中期経営計画2023」では、2030年代中に女性社員比率を約50%にすることを目標としています。

カゴメ株式会社

カゴメ株式会社では、「女性活躍推進法の行動計画」を通して女性活躍の推進に取り組む具体的な目標と数値、実績を記載しています。「働き方改革」において「年間総労働時間1800時間」に向けた取り組みで、社員の副業も可能にし、社会貢献に積極的です。健康経営推進活動において、「カゴメ健康7ケ条」を制定し、「カゴメ健康経営宣言」を行い、その結果「健康経営優良法人2020(大規模法人部門ホワイト500)」に認定され、「DBJ健康経営(ヘルスマネジメント)格付」において、最高ランクの格付けを取得しています。

引用元:金融庁| 記述情報の開示の好事例集 2021

まとめ

人的資本経営は人材を「資本」と捉え、投資し、価値を生み出し、最大化させる概念のことです。投資家が企業の投資判断する基準として、人的資本経営に着目するようになり、企業側からの情報開示が具体的に求められるようになっています。

国際的な人的資本経営の情報開示のガイドライン「ISO30414」や人的資本経営の手法「人材版伊藤レポート」によって人的資本経営の情報開示の重要性が記されています。

今後ますます人的資本経営の情報開示の要請は高まっていくと予想されるので、ぜひ自社の情報収集と準備を進める際に、実際の開示例を参考にしてみてはいかがでしょうか。

関連タグ

この記事をシェアする

  • Facebookでシェアする
  • Twitterでシェアする

今週のイチオシ!コンテンツ

Follow Us!

SNSで、人事・経営者に役立つ情報をチェック!このサイトの更新情報もお知らせします

PAGE TOP