ウェルビーイング産業が手を取り合い、日本の未来を支える力に
最近よく耳にする言葉「ウェルビーイング(Well-Being)」。精神的、身体的、そして社会的に心身ともに健全な状態を指しますが、コロナ禍での働き方の変化により、この状態が損なわれる人も出てきています。
2019年から進められている経済産業省の人材版伊藤レポート伊藤レポートでは、「人件費はコストであるいう考え方から、人への投資がこれからの企業の成長にとって不可欠だ」との提案がなされています。
加えて、諸外国ではメンタルヘルスへの取り組みという視点で企業を評価する基準が発表されており、日本だけでなく、世界でもウェルビーイングに対する関心が高まっている状況です。
では、ウェルビーイングをどのように経営に活かせば良いのか、それらのデータを活用し、どう事業に活かせば良いのか。この点について、株式会社博報堂 ミライの事業室 堂上研 氏と、株式会社ラフール代表取締役社長 結木啓太が、2023年2月21日に開催したラフール主催のイベント『Well-Being Workers Awards 2023』でトークセッションを行いました。本稿ではその模様をお伝えします。
結木 啓太
株式会社ラフール
代表取締役社長
宮城県仙台市出身。営業支援会社などを経て、2011年、株式会社ラフールを設立し、代表取締役社長に就任、2019年2月、「個人が変われば、組織が変わる」組織改善ツール『ラフールサーベイ』を提供開始。設立当初から働く人のメンタルヘルス改善のためのサービスを提供。現在は、ラフールサーベイを、企業の「健康経営」や従業員の心身の健康状態やエンゲージメントを可視化するツールとして、業種・規模感を問わず多くの企業に導入いただいており、サービスローンチ約3年で有料導入企業数累計1,400社を突破。
堂上 研
株式会社博報堂
ミライの事業室
ビジネスデザインディレクター
99年 国際基督教大学卒 博報堂入社
食品、飲料、保険、金融などのマーケティングプロデュースに従事した後、ビジネスアーツ、ビジネス開発局で、事業化クリエイティブのプロデュース。業界を超えたあらゆるイノベーション活動の支援をさせて頂き、スタートアップや大企業とのアライアンス締結、オープンイノベーション業務を推進。
現在、ミライの事業室長代理、Better Co-Beingプロジェクトファウンダー、経団連DXタスクフォース委員。
いまなぜウェルビーイング(Well-Being)が求められているのか
結木:
私たちの価値観や欲求は、時代とともに変化してきています。かつては物欲を満たすことで幸せを感じられた時代もありました。しかし今や価値観は多様化し、精神的欲求が高まっています。人々は長く続く幸福感を求めており、それを得られることがウェルビーイングなのではないかと、私は思います。堂上さんはいかがですか。
コロナ禍が分断と喪失をもたらして以降、社会と個人の繋がりが希薄化しています。交流の機会が奪われ、私たちは閉じられた社会での生活を余儀なくされました。さらには自分で選択肢を生み出す自律の機会も喪失し、自分自身がどう生きるべきなのか分からなくなってしまった人もいるでしょう。
そんな中、「ウェルビーイング(Well-Being)」という言葉に、改めて注目が集まっています。生活者自身がウェルビーイングになるために何ができるのか、ポジティブに考えるマインドも生まれてきました。ウェルビーイングとは何かという問いに答えるならば、自分らしく生きるということではないかと、私は考えています。
企業様からの相談内容を拝見しても、人との繋がりが遮断されたことでパフォーマンスが下がる例が多く見られます。持続的な幸福感が、社会との繋がりと強い相関を持つことが、データからも分かってきました。
堂上:
博報堂で10万人に調査をした際、データ解析してみると、困りごとの1位は人間関係という結果が出ました。働く人にとっての人間関係は、上司と部下の関係であったり、社会の中のポジションであったりしますが、人や社会との繋がりがウェルビーイングに大きく影響していることは確かなようです。
そこで「どんなウェルビーイングサービスが欲しいか」という調査をしたところ、人の温度感を得たいという結果が上位にきました。友達と食事に行くだけでウェルビーイングを感じる。それぐらい隔離されている現状をなんとか打破しようと、もがいているのだと感じます。
結木:
私もデータから一つご紹介しましょう。「社会との積極的な繋がりや、何かのコミュニティに参加することを重要視する」、この価値観にあてはまる方々は、どの組織に属してもハイパフォーマーとなる傾向が出ています。こんな方が社会との繋がりを断たれてしまうと、価値観が満たされず、ハイパフォーマンスを発揮できないことになります。
実はコロナ禍において、上司と部下など縦のコミュニケーションは高まっている傾向にあります。オンラインでの弊害を避けるべくケアを意識した結果だといえるでしょう。一方、同僚との信頼関係や繋がりについては低下する傾向にあります。横の繋がりを持ちたい、業務とは関係のない雑談がしたいといった、一見業務に直結していないようなことが、生産性を下げる要因になっているのではないでしょうか。
堂上:
最近になって、徐々に規制が解除され、リアルでの打ち合わせも増えてきました。久しぶりに対面で話すと自由なやりとりができますし、表情で気持ちも感じ取れる気がします。やはり温度感のある人と人とのやりとりが、非常にウェルビーイングに影響するのだと肌で感じています。
ウェルビーイング(Well-Being)産業にとって重要なこととは
結木:
堂上さんが所属する博報堂ミライの事業室は、さまざまな企業のウェルビーイング事業や取り組みを接続してビジネスモデルをつくっていく、言わばハブのような存在だと思います。最近のウェルビーイング産業についてどのように見ておられますか?
堂上:
今はウェルビーイング産業がどういったものなのか、みんなが模索している段階だといえます。大きくは、マーケティングでウェルビーイングを使う会社、ウェルビーイングなサービスをつくろうと思っている会社に分かれます。さらには、「ウェルビーイング経営」のサービスを考える、バイタルデータをとりながら、より人をウェルビーイングにしていくなど、さまざまなプレイヤーがウェルビーイングサービスを始めています。
私のところにも、一緒にウェルビーイングなサービスをつくりたいという相談を多くいただいています。ヘルスケアや医療の関係だけではありません。今ある生活者の困りごとのデータを活用すれば、ウェルビーイングなサービスは生まれていくと考えています。
例えば毎日の食事が記録できれば、足りない栄養素が分かり、食のウェルビーイングに繋がっていきます。宅配でその人に必要な栄養素をスープにして送り届けることもできるでしょう。また終活においては、生前にウェルビーイングな状態をつくれなければ、家族にデジタル遺産が相続できなくなることも起こり得ます。そうした一つ一つのウェルビーイング阻害要因を探っていくことで、それを解決するためのサービスが生まれてくるのです。
いま私の中で100以上のウェルビーイング事業構想があります。これは「未来のより豊かな生活者の暮らし」を考えて、まず10個のストーリーをつくり、それを教育系、マッチング系といった枝葉に広げていったものです。一緒に行うと面白いだろうと思うパートナーの方に、お話を始めています。
結木:
バイタリティがすごいですね。堂上さん自身がウェルビーイングな存在だと思います。
堂上:
いえいえ、マインドフルネスのアプリもいくつかやってみましたが、三日坊主で終わってしまっています(笑)。ただ、なぜ三日坊主で終わるのか考えた時に、ウェルビーイングにならない要因が何かあるはずなのです。例えば忙しすぎるといったことで、それをどう解決するかを考えると、事業の種はたくさん生まれてくると思います。
価値を提供し、データをいただき、活用するサイクルを
結木:
我々も「ウェルビーイング経営」を支援するサービスを展開していますが、どうなればウェルビーイングなのか、定義づけるのは非常に難しいですね。健康やヘルスケアが注目されがちですが、自己成長や何かを生み出すことに価値を感じている人は、それが満たされれば、どんなに身体的に疲れていても心としてはウェルビーイングな状態といえます。
幸福度を測る尺度はいろいろあり、状態によっても変化します。私たちはデータを集めて掛け合わせることで、「あなたにとってのウェルビーイング」を導くお手伝いができると考えています。
堂上さん、データという目線ではいかがですか。
堂上:
目的によってデータの有益性は異なります。生活者がウェルビーイングになる価値を提供するために必要なライフデータは、非常に有益なデータといえるでしょう。例えば今日何を食べたか、何歩歩いたか。笑顔がどのくらいあったか。そして、ZOOMでどのくらい話したかもそうかもしれません。それらがその人の生活を支えていたり、能力を上げる状態にしていたりするかもしれないからです。
サービスを考える際には、ウェルビーイングな生活をどうつくるかがキーになってきます。その時に重要になるのは、“習慣化のデザイン”と、“究極のパーソナライズド”でしょう。私は習慣化のために必要な次の三つを提言しています。
まずはインセンティブの獲得。ポイントがたまる、お金を稼げるなど、何かの利益を得られるものです。二つ目がエンターテイメント性。ゲームをしていたら知らないうちに健康になるというものです。三つ目がコミュニティ。結木さんの一日の歩数を僕が見られるとしたら、「結木さん、もっと歩かないと、生活習慣病になりますよ!」と言ってあげることができます。習慣化のためには、コミュニティで支え合うということがとても重要だといえるでしょう。
データを活用するには、個人の持っているデータをどう取得するのかが議論になりますが、納得感をもってデータを提供いただくには、価値提供が必要です。「こんなウェルビーイングをあなたのためにつくりますので、このデータをください」とお願いし、同意を取った上でデータをいただく。そのデータを分析することで、また新しい価値を提供し、行動習慣もサポートする。このサイクルをぐるぐる回していくことが大切だと考えています。
結木:
ただ、鶏が先か、卵が先かような難しさがありますね。ユーザーからすれば提供される価値が高ければ情報提供してもよいと感じるでしょうし、企業からすれば、提供できる価値がない段階で、データをどのようにスピード感をもって取得するのかが課題となります。企業は、早い段階から満足度が担保できる仕組みをつくることが必要ですね。
堂上:
何かきっかけをつくって背中を押してあげられるようなサービスが、ウェルビーイングサービスなのだと思います。企業としては「データをどう取るか」が先にくるのでなく、あくまでも「どうウェルビーイングな環境をつくってあげられるのか」が重要だという気がするのです。 そして「究極のウェルビーイングは、ウェルビーイングという言葉がなくなることだ」といえるでしょう。ウェルビーイングは目的のようにも感じられますが、私は手段だと捉えています。ウェルビーイングな状態だからこそ仕事ができるし、好きなこともできる。自分が自分らしく生きるためにどうすればいいのかポジティブに考えるマインドを入れていくことが大切です。嫌な仕事や人間関係があっても、「どうマインドチェンジできるか」と考えることができれば、それがメンタルダウンを避けることに繋がっていきます。
利他な社会がウェルビーイング(Well-Being)をつくる
結木:
世の中にはさまざまな価値観があり、コミュニティに参加するのが得意な人がいる半面、独りでいるのが好きな人もいます。分断された生活が当たり前になった社会で、よりよいコミュニティ形成をしていくためには、オンラインでの温かさを伝えていくことが重要なのでしょうか。それとも、やはりリアルな関わりのほうが大切だと思いますか?
堂上:
これは人によると思います。人は役割に応じて、いくつものコミュニティに属する存在です。例えば社会に所属している堂上、博報堂に所属している堂上、家族といる堂上が、それぞれ表情を変えながらコミュニケーションを取っています。その中で、居心地の良いコミュニティだけを選ぶ社会が生まれます。人によってはメタ空間の中に24時間いたいと言うかもしれませんが、それがウェルビーイングであれば、僕はそこにいてもいいと思うのです。
ただ、自分の居心地のよいところばかりにいると、世界が見えなくなることがあります。あえて違うコミュニティの分子を入れていくことで多様性が生まれ、自分が知らないことでさえ「知らなかった」と気づくことができる、それも一つのウェルビーイングな状態ではないでしょうか。今が自分にとってウェルビーイングな状態かどうかを感じられるようになれば、満足感を得られる人が増えると思っています。
結木:
今が幸せだと感じられる人は周りに感謝できますし、ウェルビーイング度が高い人だといえます。他責的で悲観的であると、同じ環境を与えられてもウェルビーイングにならないこともあるでしょう。似たコミュニティには似た価値観を持った人が集まります。そうなればウェルビーイング度は高まるのだろうと、堂上さんのお話を聞いて思いました。
堂上:
それは会社の中でも同じです。「ありがとう」「いつもお世話になっていますから」そんな一言がコミュニティを活性化していき、相手をリスペクトすることで生産性も上がります。自分がしてあげるばかりではなく、それに対して相手が何か行動を返してくれたら、またそこから学びを得られるわけですよね。利他な社会になっていくということが、ウェルビーイングになるきっかけをつくっていく気がしています。
社会全体としてのウェルビーイング(Well-Being)産業をともに
結木:
最後に、ウェルビーイングビジネスをつくっていきたい方、ウェルビーイング経営に取り組みたい方、それぞれの皆さまに向けて、メッセージをお願いします。
堂上:
さまざまな立場の方がいらっしゃると思いますが、一つ言えることは、まずは自分自身がウェルビーイングな状態になってほしいということです。
自分自身がウェルビーイングの状態をつくっていると、周りにもどんどんウェルビーイングが派生していきます。社長がウェルビーイングな状態でなければ、社員はウェルビーイングではないし、経営判断も間違ってしまうと思うのです。
ウェルビーイングに関わる事業、サービスをこれからつくっていかれる方は、経営者も従業員も家族もウェルビーイングになる状態をつくった上で、自らが欲しいサービスをつくっていかれるとよいと思います。そうすれば、100個でも1000個でもウェルビーイングサービスができていくに違いありません。「ウェルビーイング産業ってあるよね」という声が10年後に聞こえてくると思うのです。
結木:
そうなれば最高ですね。
私からもメッセージをお伝えします。我々ラフールは、さまざまなウェルビーイングの取り組みを進める企業様を、データ活用を通してお手伝いできると考えています。また、何かウェルビーイングサービスを立ち上げたい会社様もいらっしゃるでしょう。ウェルビーイングに寄与するサービスは多岐にわたり、1社で叶えていくのは非常に難しいと思います。社会全体のウェルビーイングを目指して手を取り合っていくスタイルは素敵です。アイデアをお持ちで、ラフールと一緒にやってみたいという方は、ぜひお声掛けいただけたら嬉しいです。 堂上さん、本日はありがとうございました。