過去の出来事にくよくよしたり、未来への不安におどおどして今やるべきことに集中できないことはありませんか。考えまいとすればするほど、頭の中がそれらの思考で埋め尽くされてしまうことはないでしょうか。
マインドフルネスの思想や方法には、「今、ここ」に意識を集中し、精いっぱい生きるための知恵が詰まっています。今回は、マインドフルネスを実践することによる効果と、毎日の生活に取り入れやすい方法を紹介します。
マインドフルネスとは?
マインドフルネスとは、雑念にとらわれることなく、「今、ここにある感情や身体状況といった現実をあるがままに知覚して受け入れる」心のあり方のこと、またそれを獲得するトレーニングのことを指します。雑念ではなく、「気づき」が重要なポイントです。
マインドフルネスは、もとは仏教など東洋の思想から生まれ、長い伝統を持つ実践です。マサチューセッツ大学医学大学院のジョン・カバットジン博士が1970年代に瞑想を医療現場に導入した「マインドフルネスストレス低減法」によって、マインドフルネスの概念は宗教性を超えて広まり始めました。
マインドフルネスで得られる効果
心が「今、ここ」からチェックアウトしている状態のとき、たいていは過去か未来、空想の世界を徘徊しています。それらの世界にいる間、現実のことはおろそかになり、絶えず後悔や恐れを反芻することにエネルギーをつぎ込んでしまいます。さらには後悔や恐れをベースにした行動や計画を行い、自分が最も恐れている状況を生み出してしまいます。それは、いずれの場合も現在のことをおろそかにしてしまうからです。
瞑想の講師で小児科医のジャン・チョーズン・ベイズ氏によると、マインドフルネスの練習を積み、実践を積むことには次のような効能があります。
1.マインドフルネスはエネルギーを節約する
2.マインドフルネスは心を鍛えて、やわらかく強くする
3.マインドフルネスは「不安」や「恐れ」を消す
4.マインドフルネスによって、「今このとき」を生きられるようになる
5.マインドフルネスは「動じない心」を育む
6.マインドフルネスは「心の声」に耳を澄ます
『「今、ここ」に意識を集中する練習 心を強く、やわらかくする「マインドフルネス」入門』
マインドフルネス実践のポイント
瞑想はマインドフルネスの代表的な方法であり実践ですが、本格的に取り組もうとすると時間がかかります。また、「瞑想していると、かえって心がざわざわするようになった」という話もよく聞きます。
それは、自分と向き合う時間はつくったけれど、「今、ここ」にチェックインできず、過去の出来事や未来の不安について思考してしまっているからです。
心を向けるべきは、私たちに絶え間なく語りかけてくる「思考」ではなく、瞑想やマインドフルネスの方法を行っているときに生じている感覚や気持ちです。
以下のトレーニングは、短時間でできて、「思考」に占領された頭や心を「今、ここ」に接続しなおす練習にもうってつけです。これらのトレーニングを1つにつき1週間続け、マインドフルネスを実感できてから瞑想に進むのもおすすめです。
「今・ここ」に意識を集中するトレーニング~五感を使った方法
今回はマインドフルネスのトレーニングの中から、いつでも、どこでも取り組みやすく気づきをたくさん得られやすい「五感」をフルに使うトレーニングを紹介します。
トレーニングは継続が大事。忘れないように紙やスマホのメモ帳などよく見る場所に実践する内容を書いて貼っておきましょう。
また、実践した後はふりかえりが大事。どんな気づきがあったか、どんな気持ちがしたかを書きとめ、可能なら誰かとシェアしてみるとよいでしょう。
1.周りの音に耳を澄ます
私たちは、意識・無意識にかかわらず、さまざまな刺激を五感で受け止めています。音もその刺激の一つ。
このトレーニングをする時、目を開けていると視覚的な刺激にまで意識が向いてしまうため、軽く目を閉じておくとよいでしょう。なるべく人のいない、落ち着いて目を閉じて座れる場所で行います。
①目を閉じて、周りの音に耳を澄まします。どんな音が聞こえるか、1つずつ確認しましょう。部屋の空調の音、窓の外の車の音、室外の足音、風の音、遠くで子どもが笑う声…。耳はいつも無数の音をキャッチしていることに気づくでしょう。
②次に1つの音を選んで、その音に集中します。車でも空調でもなんでもよいです。
③しばらくしたら、次は2つの音を同時に意識して聴きましょう。
④しばらくしたら、音を3つに増やしてみましょう。2つから3つに増やしたとき、どんな感じがしましたか。
⑤最後は、自分が一番聴きたい音に絞り込んで、じっくり音を感じましょう。
[参考]
人間は2つのタスクまでは同時に処理できますが、3つ以上になると能力を超えてしまうという研究があります。④では、2つまでは集中して聞けていた音が、3つになると注意力が分散してしまうのを感じた人が多いのではないでしょうか。
2.優しい手で触れる
①私たちは、常に何かに触れて生活していますが、そのことを意識することはほとんどありません。何かに触れるときは、優しい手で優しく触れると決めて実践します。ペットや子どもだけでなく、すべてのモノに優しく触れるようにします。
②優しく触れた時の感覚や気持ちはどうですか。優しい手で触っているとき、または優しい手で触っていないときはどんなときですか。
③あなたはどのように触れられていますか。どのように触れてほしいですか。
④優しい触れ方を知っているのに、いつも優しい触れ方ができないのはなぜでしょうか。
[参考]
この活動をすると、自分だけでなく、周りの人が優しい手を使っているかいないかを意識するようになります。「優しい手」を使うことの効果についても振り返ってみましょう。
3.優しいまなざしを向ける
①私たちは赤ちゃんやかわいい動物、好きな人を見ると、自然とまなざしが優しくなります。それ以外の人やモノにも、優しいまなざしを向けてみましょう。目つきや表情の他、体や心にどんな変化がありますか。
②普段は意識せず視界に入っているだけのモノ、苦手な人やモノに優しいまなざしを向けたとき、どんな感じがしましたか。
③1週間続けてみて、感じ方や見方にどんな変化がありましたか。
[参考]
優しいまなざしを向けているときは、心も穏やか心も穏やかで、いつもこうありたいと思うものです。しかし、やってみると普段のまなざしがあまり優しくなく、ネガティブな要素を探したり、批判的だったりすることに気づくでしょう。また、続けてみると、対象ではなく、対象を見る自分の見方が変わっていくことにも気づくでしょう。
4.「匂い」や「香り」を意識する
①コーヒーのような香りのある飲み物を、目を閉じて(視覚を遮断して)、鼻をつまんで(嗅覚を遮断して)飲んだときの味はどうでしょうか。その後、鼻をつままずに飲むと、味はどう変わるでしょうか。
②今度は、食べる前に目を閉じて匂いや香りをしっかり嗅いでみましょう。風邪をひいて匂いが感じられないときと比べるとどうでしょうか。
③あなたの特別な思い出に関わる匂いや香りを嗅いでみましょう。その匂いや香りと思い出は、どのように結びついていますか。
[参考]
味覚と嗅覚には密接な関連があり、私たちが食べ物を味わうとき、実際には嗅覚が大きな役割を果たしています。風邪をひいたときに匂いがわからなくなると食欲にも影響したり、好きな食べ物や腐った食べ物を匂いだけで判断できたりします。
また、人間は特定の匂いや香りと出来事を結び付けて、思い出や記憶を呼び覚ますこともできます。よい思い出だけでなく、たとえば嫌な思い出がある人物と同じ香りがする人に嫌悪感を感じたりすることもあります。嗅覚は視覚や聴覚とは違って、扁桃体と海馬という記憶と感情をつかさどる部位に接続されているため、記憶を呼び覚ます引き金になりやすいのです。もし匂いや香りと気分のネガティブな連鎖反応が起こる場合は、連鎖のメカニズムを理解しておくことによって、緩和することができるでしょう。
5.一口ずつ味わって食べてみる
①食事のときは、一口ごとに箸やフォークを置いて、口の中に入れたものを味わうことを意識します。パンや果物の場合は、一口ごとに皿に置いて、味わって呑み込んでからまた手に取るようにします。美食家になったつもりで、どんな素材が含まれているか、どんな味がするかに集中します。
②多くの人は、この活動で「食べ物を味わうより先に次の一口を口元に運んでいる」ことに気づくでしょう。そのとき心は「今、ここ」の食べ物ではなく、どこにワープしているでしょうか。また、味わう喜びよりも、「腹を満たす」ことに気持ちが向いていたことに気づかされることもあります。
[参考]
「手早く手軽に食べられるものを」「味わうことなく」「よく噛まずにがつがつと口に運ぶ」日もあるでしょう。この活動をするときは、先ほどのミスや次の仕事の準備のことはいったん脇に置いて、目の前の食べ物の味に向き合ってみましょう。1週間後にどんな変化があるでしょうか。
まとめ
今回はマインドフルネスについて、またジャン・チョーズン・ベイズ氏の著作などから五感を使って「今、ここ」に意識を集中する方法をアレンジを加えながら紹介しました。
五感をフルに使う方法を試してみるとわかりますが、日常の中にはマインドフルネスを実践するチャンスがたくさんあります。通勤中や仕事の小休憩などにも取り入れやすさが魅力です。また、マインドフルネスのトレーニングでは、日常生活をよりよく生きるためのヒントを得ることができます。
過去の失敗や未来にとらわれて「今がおろそかになっている」と感じている人は、ぜひ試してみてください。